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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)3128号 判決 1998年1月13日

控訴人

X1

X2

右両名訴訟代理人弁護士

清水賀一

被控訴人

但馬信用金庫

右代表者代表理事

右訴訟代理人弁護士

生駒和雄

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実および理由

第一当事者の求めた判決

一  控訴人ら

主文に同じ

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二事案の概要

次に付加、訂正する外、原判決の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決五頁二行目の「二八日」を「一八日」と改め、同五行目の次に行を変えて、次項を加える。

「5 被控訴人の訴外会社に対する本件債権につき、本訴提起後に、次のとおり合計七四四九万〇七〇二円の弁済があったので、被控訴人は、これらを右元金残二億〇六七六万七三九二円に充当した。

(一)  平成七年一一月一〇日 Bから、四五〇万円、Cから、四五〇万円

(二)  同年一二月二九日 Dから、二〇〇〇万円

(三)  平成八年三月一二日 Eから、三〇〇万円

(四)  同年六月一三日 日本火災海上保険株式会社から、八〇〇万円

(五)  同年一〇月二九日 Eから、二〇万円

(六)  平成九年一〇月二〇日 訴外会社に対する競売事件(神戸地方裁判所豊岡支部平成七年(ケ)第一四号)による配当金三四二九万〇七〇二円

(なお、被控訴人は、右以外に、控訴人X1(以下「控訴人X1」といい、控訴人X2を「控訴人X2」という。)の住友信託銀行明石支店に対する預金返還請求権に対する債権差押事件の配当金として、合計一八二六万〇四八八円を受領しているが、これは、同控訴人に対する原判決の仮執行宣言に基づく執行による。)

よって、被控訴人は、控訴人X1に対し、元金残一億三二二七万六六九〇円、未払い利息三五万四〇五三円の合計一億三二六三万〇七四三円及び内金一億三二二七万六六九〇円に対する平成六年一〇月二九日から支払済みまで約定の年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める(請求の減縮)。」

二  同六頁七行目の「効力の有無」の次に「(右連帯保証契約は、錯誤によるものとして、無効であるか。)」を、同行末尾に「右契約が有効な場合、信義則上、控訴人X1の被控訴人に対する責任の範囲は制限されるか。また、被控訴人が、前記5記載の債権差押事件の配当金を受領したことは、本件請求に対する弁済になるか。」をそれぞれ加える。

第三証拠

原、当審での本件記録中の各証拠目録の記載を引用する。

第四争点に対する判断

一  争点1のうちの、控訴人X1が、被控訴人主張の連帯保証契約を締結したか、同契約は有効であるかについて

1  成立に争いのない≪証拠省略≫(信用金庫取引約定書)によれば、控訴人X1は、平成元年一二月一九日、訴外会社が、被控訴人との間の信用金庫取引によって現在及び将来負担する一切の債務につき、訴外会社と連帯して保証債務を負担し、その履行については、右取引書記載の約定に従うことを約したことが認められる。

2  この点につき、控訴人X1は、右の信用金庫取引約定書に署名捺印したことは認めるものの、右約定書は、Fから、訴外会社が被控訴人から三一二〇万円を借り入れるにつき、連帯保証することを依頼され、送付されてきた三一二〇万円を借り入れる旨の金銭消費貸借証書(≪証拠省略≫)の用紙と一緒に送付されてきたものであり、被控訴人からもFからも、訴外会社の被控訴人に対する一切の債務につき、連帯根保証するための契約書であることの説明はなかったし、書面の内容を読まなかったので、控訴人X1は、訴外会社が被控訴人から三一二〇万円を借り入れる手続き上、事務的に必要な書面であると判断して、右の信用金庫取引約定書の連帯保証人欄に署名捺印したものであって、右意思表示には錯誤があると主張し、控訴人X1の供述中には、右主張に沿う部分がある。

しかし、右信用金庫取引約定書(≪証拠省略≫)には、不動文字で、「私は、貴金庫との取引について、次の条項を確約する。」との文言が控訴人X1の署名欄のすぐ下に記載され、その下に一四条にわたる条項が記載され、最後に、保証人に関する約定が記載されていることが認められ、控訴人X1の生年月日が大正一一年○月○日であり、地方公務員として一般事務を扱い、兵庫県庁の出納事務局管理課長を経て、兵庫県の参事で住宅公社の理事を最後に退職し、平成八年六月当時も、建設業の営業コンサルタントをしている(≪証拠省略≫及び控訴人X1の供述)ことを勘案すれば、控訴人X1は、当然、右約定書の各条項を読み、保証の趣旨が、訴外会社が被控訴人に対して現在及び将来負担する一切の取引債務を連帯保証するものであることを十分理解できたものと推認することができ、控訴人X1の右主張に沿う同控訴人の供述部分は採用できず、他に、右主張を認めるに足りる証拠はない。よって、錯誤の主張は失当である。

二  争点1のうち、信義則上、控訴人X1の負担する連帯保証債務は制限されるかについて

右の信用金庫取引約定書によれば、控訴人X1は、訴外会社が、同約定書第一条に規定する継続的取引によって被控訴人に対し現在及び将来負担する一切の債務について連帯保証することを約しており、責任の限度額並びに保証期間の定めがない、いわゆる包括根保証をしたことになる。

証拠(≪省略≫、証人G、同F、控訴人X1、同X2)によれば、次の事実が認められる。

1  被控訴人は、昭和六三年三月三〇日、その時点での訴外会社に対する貸付金などの数口の債権を一つにまとめることにし、同日、訴外会社との間で、貸付金を五億円とし、昭和七六年一一月まで一定額の割合による割賦返済をし、同年一二月二〇日に残額を返済する旨の金銭消費貸借契約を締結した。

2  控訴人X1は、兵庫県養父郡a町出身であり、若い時に同所を離れていたが、九人兄弟の一番上であるため、出身地にある父の遺産である多数の不動産を相続していた。訴外会社の代表者であるFは、控訴人X1の実弟であるが、兄弟の中でただひとり田舎に残り、養鶏業を営みながら、控訴人X1が相続した不動産の管理をしていた。控訴人X1は、離れて暮らしていたし、前述したように公務員でもあって、Fの養鶏業に全く関与することはなく、昭和五四年六月に訴外会社が設立された後も、その役員になることもなかったが、Fから、養鶏業のための資金借入れにつき、右不動産に抵当権を設定して欲しいと依頼されると、Fが、田舎に残って先祖の土地を守ってくれているので、同人のために不動産を提供し、万一の場合に競売されても仕方ないと考えて、右依頼に応じていた。控訴人X1は、被控訴人に対しても、何度か右不動産に抵当権を設定したが、いずれも、Fから、抵当権設定の依頼があり、同人から、印刷文字以外の金額欄などが未記入の契約書の用紙が送付され、控訴人X1が署名捺印してFに送り返していたもので、被控訴人側からの申し入れ、連絡、意思の確認などは全くなく、控訴人X1と被控訴人側の者とが接触を持つことはなかった。

3  本件の連帯保証契約締結の際も、従前と同じように、Fから控訴人X1に対し、被控訴人から三一二〇万円を借入れるにつき、保証するよう依頼され、同控訴人がこれを承諾したところ、Fから金銭消費貸借証書(≪証拠省略≫)の用紙とともに、信用金庫取引約定書(≪証拠省略≫)の用紙が送付された。しかし、被控訴人側からは、控訴人X1に対し右の取引約定書についての説明はなく、また、被控訴人の訴外会社に対する貸付金が、昭和六三年四月当時で五億円であり、当初の三年間は毎月一〇〇万円ずつ分割返済する等の約定になっていること(したがって、約定どおり返済されていたとしても、元金残は四億八〇〇〇万円である。)などの説明は皆無であった。

4  控訴人らは、Fとは兄弟としての付き合いをしていたし、a町に墓参りに帰ることはあるが、居住地が明石市であって、a町とは離れているから、平素は疎遠である上、前述したように訴外会社の営業には全く関与していなかったので、訴外会社の経営状態、特に資金繰りなどを知る由もなく、平成六年一〇月初めになって、Fからの連絡で、訴外会社が倒産することを知った。

5  控訴人X1は、実子はなく、資産としては、a町所在の前記不動産(≪証拠省略≫によれば、神戸地方裁判所豊岡支部における競売事件の最低競売価格は、合計一三六二万五八〇〇円である。)、控訴人夫婦が居住している本件土地と地上建物(本件土地の平成六年度の固定資産課税台帳上の評価額は、三四五八万七三〇〇円である。)及び銀行預金約二五〇〇万円だけである(≪証拠省略≫)。

証人Gの供述中、本件信用金庫取引約定書を作成するころに、被控訴人の職員が、控訴人X1に約定書の内容や訴外会社の債務額などを説明したとの部分は、前掲各証拠に照らして採用できない。

右認定事実によれば、一般の者にとっても、五億円という金額は莫大なものであるし、先にみた控訴人X1の年齢、経歴、現在の仕事に同控訴人の資産などを勘案すれば、控訴人X1にとっても、訴外会社が既に負担していた五億円という金額は、到底返済できるような金額ではなく、かつ、この連帯保証が、包括根保証であることを考慮すると、信義則上、被控訴人は、控訴人X1に対し、少なくとも、訴外会社に対して五億円の貸付金のあることやこれに対する人的、物的担保の詳細などを十分説明した上で、本件信用金庫取引約定書に署名を求めることが要求され、被控訴人が、このような説明を一切しなかった本件の場合は、控訴人X1の保証責任を、合理的な範囲に制限するのが相当であり、前記認定事実の下では、その範囲は、控訴人X1が、右約定書に署名した時以降に発生した訴外会社の債務、すなわち平成元年一二月一九日付の三一二〇万円の金銭消費貸借債務及び平成二年一二月二七日付の、債務者を訴外会社とし、極度額を一〇〇〇万円とする「たんしん事業者カードローン契約」に基づく債務(≪証拠省略≫)の二口の範囲で連帯保証責任を負担すると解するのが相当である。

被控訴人は、控訴人X1は、本件連帯保証をするまでに、何度かにわたって訴外会社の債務を連帯保証したことがあり、その合計は約三億五〇〇〇万円に及んでおり、五億円の貸付金のうち一億五〇〇〇万円については、訴外会社の約一億五〇〇〇万円の定期預金が担保となっていたから、本件連帯保証は、実質的には三億五〇〇〇万円に対するものとなり、従前の負担と変わりはないから、被控訴人が控訴人X1に五億円の債務があることを説明しなかったとしても、同控訴人の責任が苛酷になるものではないと主張し、≪証拠省略≫、証人Gの供述中には、控訴人X1は、訴外会社の被控訴人に対する債務について何度かにわたって連帯保証をしたとの主張に沿う部分があるが、被控訴人とFないし訴外会社との取引は、昭和五二年から継続しているもので、控訴人X1が、訴外会社の経営に関与していなかったこと、同控訴人が担保を提供したり、連帯保証する時は、被控訴人からの連絡、説明などがなく、金額欄が白紙の書面が送付されるだけであって、債務額を含む契約内容を知らされていなかったから、控訴人X1は、被控訴人と訴外会社間の取引状況を把握していなかったことは前示のとおりである。したがって、右主張は前記認定を左右しない。

ところで≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によれば、右二口の債務につき、兵庫県信用保証協会が、被控訴人に対し、連帯保証をしていたので、同協会は、訴外会社に代位して、平成七年一月一〇日、被控訴人に元利金を合わせた債務全額を完済したことが認められる。そうすると、被控訴人は、既に右二口の債務について弁済を受けたから、その余の点を判断するまでもなく、控訴人X1に対する請求は理由がない。

三  争点2について

被控訴人の詐害行為取消請求は、被控訴人が控訴人X1に対して債権を有していることが前提になるが、右債権が認められないことは、前項説示のとおりであるから、右請求も理由がない。

四  以上の次第で、被控訴人の本件請求は、いずれも理由がないから、これを認容した原判決は失当であり、棄却を免れない。

よって、原判決を取り消して、被控訴人の請求を棄却することとし、民訴法六七条、六一条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松尾政行 裁判官 熊谷絢子 神吉正則)

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